【シリーズ #声の軌跡】 NHKサイト「みんなでプラス 性暴力を考える」が果たした役割

「シリーズ #声の軌跡」は、当事者の声が公共圏でどのような役割を果たしたのか/果たすのかにフォーカスし、個人史を社会史として描き出します。メディア論・社会運動論・法改正プロセスとして、被害者の語りを再把握します。
大沢真知子 2026.07.21
誰でも

筆者:大沢真知子

 2019年にNHKが開設した「みんなでプラス 性暴力を考える」のサイトが、2025年9月30日をもって閉鎖された。この6年間で240本以上の記事が掲載され、性暴力に関心を持つ専門家や被害当事者、その家族など、多くの人がサイトを訪れた。ここは情報を得る場であると同時に、人と人とがつながる交流の場でもあった。

 それぞれの記事には数多くの投稿が寄せられた。そこから「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」などの番組も生まれている。こうした取り組みが評価され、サイトは2025年、第51回放送文化基金賞(放送文化部門)を受賞した。

 2022年には性暴力に関する大規模な実態調査が行われ、約3万8,000件の回答が寄せられた。この調査結果は、2023年の性犯罪に関する刑法改正にも大きく寄与している。このサイトが果たした役割について振り返ってみたい。

時代背景と社会の変化

 明治以来の法体系には「法は家庭に入らず」という考え方があり、それは戦後も長く引き継がれた。そのため、性暴力は日本社会で長い間タブー視されてきた。

 状況が変わり始めたのは21世紀に入ってからである。2000年には児童虐待防止法、2001年にはDV防止法が成立し、国家が家庭内の問題に少しずつ介入するようになった。しかし、家父長制のもとでは、被害を訴えることは「家の恥」とされ、届け出る人は少なかった。多くの被害者は沈黙を強いられていたのである。

 一方、国際社会では1995年、北京で開かれた国連の第4回世界女性会議で、女性に対する暴力が大きなテーマとなった。また、急速なグローバル化の中で、企業を評価する際には、社会的責任や人権への配慮も重要な要素となっていく。

 2011年には、国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択された。これにより、国だけでなく企業にも、従業員や取引先の人権を尊重し、適切に対応する責任が明確化された。日本でも2020年、「ビジネスと人権」に関する行動計画が策定されている。

 その後のジャニーズ問題やフジテレビをめぐる問題を見ても、企業が性暴力への対応を誤れば、国際社会や株主からガバナンスの欠如を問われ、企業経営そのものを揺るがしかねない時代になったことは明らかである。

 同時に、日本では女性の労働市場への参加も進んだ。第2次安倍内閣のアベノミクスでは、女性の活躍が経済成長に不可欠という考え方が打ち出され、2015年には女性活躍推進法が成立した。職場のジェンダー不平等に声を上げる女性も少しずつ増えていく。

 「保育園落ちた日本死ね!!!」というネット上の匿名ブログへの投稿が大きな反響を呼び、待機児童問題は国会でも議論されるようになった。さらに世界的な「#MeToo運動」が日本にも波及して性暴力被害を告発する女性たちが増えてゆき、彼女たちを支えるフラワーデモが全国へと広がっていった。

 しかし、諸外国と比べると、日本の女性政策には男女平等や人権という視点がなお弱い。男女「平等」ではなく男女「均等」、「人権」よりも「活躍」という言葉が用いられ、男性優位の社会構造が温存されてきた。

 その結果、性暴力は軽く扱われ、声を上げた被害者が「落ち度があった」と責められる社会が続いてきた。国際社会で人権意識が高まる中でも、日本では最近まで性暴力被害者の人権を守る仕組みが十分に整えられてこなかったのである。

 こうした時代背景の中で、NHKの「性暴力を考える」は、これまで社会が目を向けてこなかった問題に被害者の視点から向き合った。被害者に寄り添い、専門家へのインタビューも交えながら、性暴力の背後には社会構造の問題があること、そして、その解決には社会全体で考えることが不可欠であると訴え続けた。

3万8,383件の重み

 2022年に実施したNHK 性暴力実態調査アンケートには、3万8,383件もの回答が寄せられた。前例のない規模である。性暴力という、誰にも知られたくないテーマに、なぜこれほど多くの人が声を寄せたのか。

 大きな転機となったのは、調査期間中に性的暴行を受けた20代女性の投稿だった。彼女の裁判を追った記事「“性暴力”裁判 被害女性が語った15分のことば」がサイトに全文掲載されると、その言葉は多くの人の共感を呼び、SNSで瞬く間に拡散した。

 それと歩調を合わせるようにアンケートの回答数も急増した。声が声を呼び、「性暴力をなくしたい」という連帯感が広がっていったのである。

 なぜ調査に協力したのか。「性暴力の実態を社会に伝えたい」「性犯罪をめぐる刑法を改正してほしい」「被害者を責めない社会になってほしい」「性暴力のない社会を実現したい」という願いだった。

 自らの経験が報道に生かされ、社会を変えるきっかけになることを期待して回答したという声も数多く寄せられた。

サイト立ち上げのきっかけ

 サイト立ち上げのきっかけは、性暴力事件を扱った番組に対する反響の大きさと、取材に応じてくれた被害者に浴びせられるバッシングの激しさだった。その経験から、被害者がそうしたことを気にせずに投稿できる場所をインターネット上につくる必要性を痛感し、それがプラットフォームの開設につながっていく。

 しかし、意義はそれだけではない。

 どこの国でも、性暴力被害を公表した人はSNS上で誹謗中傷や非難の標的になりやすい。だからこそ、安心して交流し、語り合える場が必要だった。

 「みんなでプラス 性暴力を考える」は、そのような公共の居場所を提供してきたのである。被害者だけでなく、家族や支援者も安心して集い、学び、支え合うことのできる場だった。

 記事を読むことで、「自分が受けたのは性暴力だった」と初めて理解し、「自分が悪かったのではない」と気づいた人は少なくない。また、家族や友人は、被害者にどう向き合い、どう支えればよいのかを、このサイトから学んだ。

しかし、この6年間が残したものは、記事だけではなく、人々が声を上げられるようになった社会そのものである。

 私たちは、これからもこの歩みを止めてはならない。

 そして、社会の性暴力に対する認識を変え、性暴力のない社会を目指すため、NHKとは別の新たなサイトが設立された。

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