【ことばの海】
◎友情と連帯に支えられた魂の回復の軌跡
イ・グミ著、李明玉訳『ユジンとユジン』(双葉社)

「ことばの海」は、みなさんと分かち合いたい本や映画作品などのコンテンツを紹介するコーナーです。
プラネチカ編集部 2026.08.25
誰でも

 中学2年に進級した「わたし」は、親友のユン・ソラとまた同じクラスになった。この1年間で背がぐんと伸びて、制服が小さくなってしまっていた。

 担任の先生が教室に来る。生徒一人一人の名前を呼び確認していく。「イ・ユジン!」と呼ばれたとき、わたしと同時に返事をする声が聞こえた。同姓同名の女子がいたのだ。

 彼女の大きくて丸い目を見て、同じ幼稚園に通っていた子だとわかった。先生が「どうやって区別しようかな」と困っているので「小さいユジンと大きいユジンでどうですか?」と言った。幼稚園のときと同じ呼び分けを提案したのだ。それでも小さいユジンは、わたしのことに気づかないようだった。

 小さいユジンは幼稚園で起きたあの事件の後、その渦の中から抜け出すように引っ越して行った。ニュースにもなったし、警察にも呼ばれたあの事件のことを、わたしだってあえて記憶の中から引っ張り出したいとは思わない。でも小さいユジンは、わたしのことを覚えていないばかりか、幼稚園の名前を言っても知らないと否定する。なぜなのか―。

 次の章に入ると、語り手が代わる。

 小さいユジンと呼ばれるようになる「私」は、大きいユジンに、以前から自分のことを知っているように言われて戸惑う。初めて聞く幼稚園の名前を挙げて「本当に思い出せないの?」と言い、何度違うと言っても食い下がってくる。「それなら、あの事、あの事件も覚えてないの?」。わけのわからなことばかり言い続けている―。

 韓国人の作家、イ・グミの『ユジンとユジン』は、幼児への性暴力をテーマにした小説だ。大きいユジンの「わたし」と小さいユジンの「私」の語りが交互に現れ、物語が進んでいく。

 2人は同じ幼稚園に通っていて、そこで同じ人物から性被害に遭う。大きいユジンはそのことを覚えているもののあまり思い出すことはなく、小さいユジンは完全に忘れている。だが中学2年になって2人が再会することで、忌まわしい過去が徐々に姿を見せ始める。

 大きいユジンは事件当時、母親から「あなたは悪くない」「愛してる」と繰り返し言われた。一方、小さいユジンは母親から正反対の対応をされた上で、忘れることを強要された。しかし、大きいユジンとの再会を境に、小さいユジンは少しずつよみがえってくる記憶に苦悩し、優等生から転落していく。彼女の異変に気づいた大きいユジンは、その痛みにそっと寄り添う。それは、自分自身の痛みでもあるのだ。

 作家は友情と連帯に支えられた魂の回復の軌跡を丁寧につづる。つらいテーマを扱っているが、描かれるのはそれだけではない。

 大きいユジンと親友ソラの深い信頼関係、大きいユジンの淡い恋、小さいユジンが出会うダンスの魅力、おそらく日本よりも厳しい受験社会の中で成績を少しでも上げなければならない少女たちの重圧…。思春期の心の揺れが鮮やかに活写される。終盤に出てくる2人のユジンとソラのささやかな冒険が切なくも、さわやかに躍動する。

 母と娘の物語でもある。子どもへの性虐待を知ったときの親の葛藤は過酷だ。スティグマを負わされるのは被害者本人だけでなく、親も同じなのかもしれない。

 世間からの不当な扱いや否定的なまなざしは、あまりにも理不尽だ。悪いのは加害者であって、被害者ではない。被害者に向けた「あなたは悪くない」という著者のメッセージが重層的に伝わってきて、それが物語全体の温かさにつながっている。

 本書の初版は2004年で、イ・グミが初めて書いたヤングアダルト小説。2020年に改訂出版され、累計販売部数は35万部に上る。

 著者のイ・グミによると、この小説は自身の娘のために書いた。娘は8歳のときに、2人のユジンと同じ目に遭った。その時の衝撃や怒り、自責の念が、この作品を書かせたのだ。しかし、出版後もそのことを隠していて、2020年の改訂版を出すときに、やっとそれを明かした。当の娘から促されたからだという。そして2026年7月、日本語訳が出版された。

 そんな経緯を知って思う。作家の切実さが、この本の幹を太く、確かなものにしているのだと。祈るように紡がれた物語が、多くの人に届くことを願う。(文)

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