【シリーズ #声の軌跡-卜田素代香さん】
「ある被害者の語り」が3万8383人アンケートにつながるまで

NHKが2022年に実施した「“性暴力”実態調査アンケート」で奇跡が起きた。4万近い回答が寄せられたのだ。サイト「性暴力を考える」に掲載された記事「“性暴力”裁判 被害女性が語った15分のことば」とアンケートが瞬く間に拡散されたのはなぜだったのか。その記事で被害当事者としてインタビューを受けた卜田素代香(うらた・そよか)さんに、池田鮎美さんと2人で話を聞いた。(前編)
大沢真知子 2026.07.28
誰でも

▼回収率が急上昇

大沢真知子(以下「大沢」) サイトに記事が投稿されるまでの経緯を教えてください。

卜田素代香(以下「卜田」) 「性暴力を考える」のサイトに「声をお寄せください」という投稿フォーム欄があり、2021年の年末、そこに自分の被害のことや、翌年2月に刑事裁判があるので取材をご検討くださいといった内容の書き込みをしました。裁判員裁判だったのですが、取材班はインタビューをしてくれただけでなく、裁判も傍聴してくれて、とても心強かったです。そして、自分の被害者心情意見陳述の全文を掲載してくれました。

※NHK「性暴力を考える」に掲載されていた記事「“性暴力”裁判 被害女性が語った15分のことば」は現在閲覧できませんが、卜田素代香さんの意見陳述の内容全文はこちらからご覧いただけます。

大沢 サイトに記事が掲載されてから回収率が急上昇しました。

卜田 記事は金曜日に公開されました。週末に10万人くらいフォロワーがいる人が記事を読んで、この記事すごいと言って広めてくれたんです。「自分では性被害の当事者の状況だったり思いだったりをわかっていたつもりだったけれど、記事を読んで自分は実際は知らなかったということを思い知らされた」というコメントをつけて、記事のリンクを当時のtwitterで紹介してくれました。そこからどんどん拡散し、引用リツイートされて、6万数千件のポストがあって広がったんです。

大沢 拡散されたのは、なぜだったと思いますか。

卜田素代香さん Ⓒプラネチカ

卜田素代香さん Ⓒプラネチカ

卜田 自分の身近にいる人の話として捉えられたからだと思います。自分にも起こりうることとして、引きつけて考えた人が多かった。自分が過去に経験したことは、実は性被害だったんだと気づいた人も少なくなかった。記事の下にアンケートに回答するためのURLが貼ってありましたので、調査に協力してくれた人がたくさんいたのだと思います。

▼被害後の日々を生きる

大沢 私はこのアンケートの分析を担っていて、まだ途中なのですが、性被害の実態についての4万件近いデータというのは前例がないのではないかと思っています。NHKのプラットフォームがあり、そこに被害当事者のことばが掲載されたことが奇跡につながりました。

卜田 私の友達も記事を読んでくれて、アンケートにも回答してくれました。被害にあってから3年間近くの私の日常や事件への思いが綴られていたので、「話は聞いていたけど、こんな思いを持っていたんだなということがそのまま伝わってきた。本当に頑張ったね」と涙を流してくれた友人が複数人いました。「自分も被害にあったなと思い返し、アンケートに回答した」と言ってくれた友人もいた。私が性暴力被害者に向けた情報を発信するために作ったサイト「THYME(タイム)」にも、自分の被害のことを話してくれた人がいました。

 NHKのサイト自体が、当事者のその後や思いをそのまま伝えるドキュメンタリーの要素を持っていたから、いろんな感情を呼び起こしたのではないかと思います。私が自分の思いをそのまま綴った意見陳述が全文掲載されたから、それを読んで自分も誰かに話したいという気持ちになった人がすごく多かったんじゃないでしょうか。

池田鮎美(以下「池田」) 卜田さんのことばが力を持ったのは、刑事裁判の中で語られたことばだったことが大きかったように思います。回復のためには司法の場で被害が認められることが必要だとわかってはいても、実際、被害届はなかなか受理されないし、裁判までいかないっていう現実がある。そういう状況の中で、誰にも被害を言えなくて自分を責めている人がとても多い。でも卜田さんは、被害後に日々の中で考えてきたことを、裁判の中でそのまま伝えた。だから、読んだ人の「その後」の日々と裁判がつながった。だからこそ、胸を打ったのではないかなと思いました。

大沢 NHKの「性暴力を考える」のサイトを知ったのはどのような経緯からですか。

卜田 被害者の経験や声が集まる場所を作りたいと思い立ち、サイトの構想をしたのが2020年2月で、実際にTHYMEという名のサイトを作ったのがその年の12月です。そのための情報収集をしているとき、「#性被害者のその後」というハッシュタグが作られていることを知り、そのタグに寄せられていた性被害当事者の投稿を見る中で、NHKの「性暴力を考える」を知りました。

 自分の裁判や課題意識を伝えたいという思いがあって、裁判の日程が2021年11月後半と決まったときに、どのメディアに知ってもらったらいいのか迷いました。一歩間違えたら自分の被害経験が消費されることにもなりかねない。自分の被害のことを書くときに、他の人に編集されたり評価されたりする場に自分を置くことはできない。自分はまだそこまで回復できていない。そうされないために選んだのが「性暴力を考える」のサイトだった。被害の詳細ではなくて、その後を生きている自分について伝えたかったんです。

 当時、自分の中にあったのは、世の中の無関心層に対する怒りでした。加害者個人に対しては、あまり恨みや感情を向けることができなかった。SNS上の「#性被害者のその後」というタグの投稿を見て気がついたのは、支援につながっている被害者がほとんどいないということ。警察に被害申告できたとか、加害者が捕まったという人もほとんどいなくて、裁判の準備をしているのも私くらいで、そのことに驚きました。日本は先進国のはずなのに、どうして被害者が支援につながれないのか。普通に生きている人と、性被害当事者となった自分の世界の見え方があまりに乖離していた。だから、もともと性被害に関心がある人とかフェミニストだけが見るサイトじゃなくて、安全だけれど無関心層にも届きうる場所に自分のことばをちゃんと届けたかったんです。

▼安全なコミュニティ

大沢 サイトにはコミュニティが形成されていて、当事者が交流できる場でもあったと聞きました。当事者にとってサイトはどのような意味を持ったのでしょうか。

池田 当事者がサイトに寄せたコメントには、それまで誰にも打ち明けたことのない被害を告白するものも含まれていて、胸に響きました。誹謗中傷もなくて、安全なコミュニティがあったからこそできたことです。ただ、ここまでの話を聞きながら「安全なコミュニティ」という説明だけでは充分ではないかもしれないと気づきました。コミュニティが横糸だとすると、縦糸もあったと思うんです。

左から、聞き手の大沢真知子さん、池田鮎美さん、卜田素代香さん Ⓒプラネチカ

左から、聞き手の大沢真知子さん、池田鮎美さん、卜田素代香さん Ⓒプラネチカ

 2019年にフラワーデモがあり、性暴力被害者が声を上げることで性暴力に対する社会の認識が大きく変わり始めた時期でした。それを取材して番組と記事で社会に伝えることで、サイト自体が当事者に対する認識を変える役割を担ったと思います。社会の性暴力被害者に対する理解が進みました。

大沢 確かにアンケートの結果が公表されたことで、2023年の刑法の改正が実現しました。この改正では、性暴力の定義が大きく変わり、被害時に抵抗したかどうかではなく、性的同意の形成がされていたか否かが重要になりました。

池田 サイトに登場した被害者は声を受け取られることで、他の被害者は声が受け取られるのを目撃することで、どんどん変わっていきました。その様子を見ていた卜田さんは、だからこそ「性暴力を考える」に連絡をしようと思ったんじゃないですか? そして卜田さんも取材班も、相互に関わり合いながら勇気を得た。それら全てが大きな社会変化で、ドキュメンタリーとしてあのサイトに記録されていたと思うんです。これから私たちのサイト「プラネチカ」でも、何かそのような新しい価値が生まれて行くことがあるかもしれませんね。

大沢 2017年には伊藤詩織さんの『Black Box』が出版され、海外では「#MeToo運動」が起きます。NHKのサイト開設は2019年ですが、性暴力に対して世界が関心を持ち始める時期でもありました。世界の動きをキャッチして当事者に発言の機会を提供し、社会の性暴力に対する関心を高め、社会の見方を変える役割を果たしたのだと思います。

▼当事者の視点で捉え直す

卜田 私は、NHKのサイトにはナラティブセラピーのような効果があったんじゃないかと思っています。あのサイトで、自分の経験や思いを話すことで回復できた。トラウマからの回復とは、トラウマを忘れるとか手放すというものではなく、どうにもならなかった被害体験を当事者の視点で捉え直す作業だと思っていて、そうした被害体験を当事者視点で書き直した記事を読んで、他の被害者が自分は一人ではないと思ったり、当事者としての声を代弁してもらったという感覚が得られたりしたのだと思う。

 あの陳述で私は自分のためにだけしか話してないし、陳述内容も全部自分のためのことばだったけれど、そうした当事者から出たことばを聞くだけでも、他の当事者にとっての回復の力になり得るのだなって思います。

大沢 当事者がアンケートに回答することで経験することに通じているのかもしれないと思いました。最後の質問で、なぜこのアンケートに協力したのかと聞いているんですが、被害を思い出すことはものすごく辛かったけれど、このアンケートに回答することで自分は過去の辛い経験から回復することができ、人生の新しいステージに立てた。頑張って回答してよかったです、という記述もあるんですね。調査は匿名で記入するので、回答しやすいというメリットもあったと思います。

池田 みんなずっと被害について話したかったと思うんです。だけど話せなくて傷ついてきた。でも裁判の場で証言した被害当事者のことばが全文掲載されたのを見て、自分も被害を話してもいいんだと感じ、調査に協力した人が多かったように思います。「話したい」という気持ち100%でアンケートにいけたんじゃないかなと思います。

池田鮎美さん(左)と卜田素代香さん Ⓒプラネチカ

池田鮎美さん(左)と卜田素代香さん Ⓒプラネチカ

卜田 言いっ放し、聞きっぱなし、っていうのもよかったんじゃないかなって思っています。意見交換では言いたいことが言えなくなってしまうことがあると思うんですけど、あの場は自分が話したいことをそのまま言っていいっていう場だったから。

池田 評価されずに話せたっていうことですね!

卜田 そうですね。話したかった人は多かったと思うし、何も考えずに話していい場というか。それも多くの被害者があのサイトを訪れた理由だと思います。

大沢 ありがとうございました。インタビューの後編では性暴力を社会はどう受け止めているのか、性暴力と社会の構造との関係について考えてみたいと思います。

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