【シリーズ#声の軌跡-メディア組織と性暴力・対談後編】トラウマインフォームドな社会目指す 過酷な二次加害

小学館とNHKが人権侵害に関する調査報告書や対応策を相次いで発表したことをテーマとする対談は後半、NHKの話に移った。「性暴力を考えつづける」代表の池田鮎美さんと、サイト「プラネチカ」の編集担当の一人、山本恵子さんが意見交換を続けた。
プラネチカ編集部 2026.09.29
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対談する山本恵子さん(左)と池田鮎美さん=2026年8月29日、東京都内

対談する山本恵子さん(左)と池田鮎美さん=2026年8月29日、東京都内

 ▼分からないことが多すぎる

 ━━NHKは2026年8月5日に記者会見を開きました。広報局が出した報道資料の題は「人権問題への不適切な対応について」。冒頭にこうあります。「業務に関連してPTSD(心的外傷後ストレス障害)となった職員について、協会内のリスク対応のほか、当該職員への人事的な対応が不十分であった事案が、外部の専門家による調査検討委員会の調査で明らかとなりました。同委員会の提言などを踏まえ、NHKでは、人権尊重の組織風土づくりに向けて諸施策を実施していきます」

 NHKが設置した調査検討委員会は、日弁連がガイドラインを示している第三者委員会ではありません。また、調査検討委の報告書そのものは公表していません。いわゆる第三者委を設置しなかった理由について、NHKは記者会見で「被害者のプライバシー保護を最優先にし、公表内容や方法を被害者に確認する必要があった」と説明し、懲戒処分を受けた人はいないことも明らかにしました。山本さん、これらをどう受け止めましたか。

 山本恵子)調査検討委は約1年間で35人にヒアリングし、2026年5月28日にNHKに報告書を提出しました。記者会見の2カ月以上前です。会見では何度も「被害者個人の特定につながりかねない」という言葉で回答しない場面があり、事案全体が曖昧模糊としたものになってしまいました。フジテレビや小学館の第三者委の報告書がプライバシーを保護する形できちんと公表しているのに、なぜそうしなかったのか。報道機関として説明責任を果たしたと言えるのか。残念に思います。

 私は2024年8月末までNHKにいて、管理職として各部で決められているハラスメント相談対応の担当を務めました。今回の被害を受けた職員がもし自分の職場にいたら、相談を受けたり対応したりする立場だったのです。だからこそ、今回何が起きたのか知りたかった。それでYouTubeで記者会見の映像を見たのですが、分からないことが多すぎると言わざるを得ません。

 池田鮎美)確かに分からないことが多いのですが、NHKの発表によると、調査検討委が認定した事実はこうです。

 職員は番組出演者らとの懇親会の後、出演者から性被害に遭った。その後、体調不良となり、欠勤・休職に至った。被害から1年数カ月後、職場に被害を打ち明け、所属部局への復職では被害当夜のことがフラッシュバックするなど精神状態が悪化するので、別の職場での復職を希望した。人事局などの担当者が協議し、現所属での復職が原則だとして認めなかった。職員の主治医や産業医も別の職場に異動しての復職を提案したけれど駄目だった。本人が希望した職場の一つに異動できたのは被害から3年余りたってから。なお職員はPTSDと診断されています。2025年4月に職員は「異動しての復職を希望したが聞き入られなかったのはなぜか確認したい」と労働組合を通じて申し入れ、2025年5月に調査検討委が発足しました。

山本恵子さん

山本恵子さん

 ▼加害事実より被害後のことに怒っている

 山本)被害を受けた職員が職場に被害を打ち明けたときが一番のポイントだったと思います。職員の上司、管理職が「重大な人権侵害事案」としてリスク対策担当部局に情報を上げるべきでしたが、当該の管理職が上げなかったのか、上げたけれどどこかで止まってしまったのか。いずれにしても、職員の上司や人事局などの担当者、周囲の人たちが、小学館の第三者委が指摘したのと同様に、性被害は重大な人権侵害問題であるという認識や、「人権侵害問題に対する意識と感度」が不足していた可能性が高いと思います。

 管理職は欠勤や休職が続く職員と連絡を取り、面談などによって状況を確認することになっています。そのときどんな様子だったのだろう。主治医や産業医の意見はなぜ重視されなかったのか。そもそも懇親会の後、周囲の誰かが「何かあったのではないか」と気付けなかったのか。そして被害から1年数カ月後、職員が勇気を出して被害を打ち明けてくれたとき、適切な対応ができなかったのはなぜなのか。記者会見を見ても、その理由が理解できなかった。被害を受けた職員は3年以上の間、ずっと苦しかったと思う。胸が痛みます。

 池田)本当にそうですね。長期で休む前はどういう状況だったのでしょう。被害に遭った翌日は出勤したのか。その後の1週間ぐらいはどうだったのか。そういうことも分からないですね。

 山本)調査検討委はPTSDの理解不足を指摘していますが、それ以前に管理職や周囲の人たちが、被害職員になぜ寄り添ってあげられなかったのかが、とても気になります。加害した出演者には職員との接触を避けるよう申し入れたということですが、職場(使用者)には外部のハラスメントからも職員を守る安全配慮義務がありますから、その申し入れがいつだったのか、どう伝えたのかも重要です。先ほども言ったように、職員が性被害を打ち明けたときに、被害者と加害者に対する適切な対応をしなければいけなかったはずで、初動を誤ったのだと思います。

 池田)被害者は「所属部局以外で復職したい」という解決策を自ら提示したのに、受け入れてもらえなかったわけですよね。過酷な体験だったと思います。

池田鮎美さん

池田鮎美さん

 ▼「汗をかく職員はいなかった」という指摘

 山本)調査検討委は、被害者が異動を希望しているのに「被害の打ち明けが1年数カ月後であったことなどを捉えて、本件事象の事実に対する懐疑的な見方が発生・継続していた」と指摘していますが、これは本当にひどいと思う。つまり職員は被害を疑われたわけですよね。一方で、この人権侵害事案を、異動問題に矮小化して捉えてしまった可能性もあるのではないかと思いました。

 発表資料に「ヒアリングした関係者の多くは『自分にできることはやった』と述べている」とあり驚きました。これに対して調査検討委が「職員の心情に配慮した処遇の実現に向け汗をかく職員はいなかった」と指摘していて、悲しくなります。

 他にも問題点やその原因として「前例踏襲の対応に終始」「原則を守ること自体が目的化していた」という記述、「人権DD(デューディリジェンス)の未実施」や「人権意識の不足」が挙げられていますが、元財務事務次官によるテレビ朝日の女性記者へのセクハラが2018年に問題になったとき、NHKも対応を求められ、外部からのハラスメントについて職員への研修なども実施されたと記憶しています。

 ━━池田さんはどのように捉えましたか。

 池田)誰も責任を取っていないし、懲戒処分もない。それでは何が悪かったのか、何をどう変えたらいいのかが、明確にならないと思うんです。

 山本)問題は消極性です。管理職や仕事の仲間として、やらなきゃいけないことがあったはずです。でもやらなかったことに対する懲戒処分はなく、人事担当者ら5人を注意しただけ。経営幹部は誰も責任を取っていないし、責任の所在も明確になっていません。以前、ハラスメントが激減した企業を取材したのですが、個人を特定しない形で処分内容を社内に一斉メールするのが効果的だったそうです。自分がやっていることが加害だと自覚していない人が多いので、例えば何かを報告しなかったことで処分されたのかというのを具体的に知ると、やらなきゃいけないって思うようになるそうです。

対談する山本恵子さん(左)と池田鮎美さん=2026年8月29日、東京都内

対談する山本恵子さん(左)と池田鮎美さん=2026年8月29日、東京都内

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