【プラネチカ・リポート】アート界の“神話”が加害を正当化していないか? 抑圧を生む構造見据える
▼ジェンダーバランスの偏りが引き起こすもの
文化芸術の現場に関わる当事者たちの草の根による訴えや働きかけは、状況を大きく変えてきた。文化庁がハラスメント防止対策支援と労働環境の改善に取り組むようになり、2022年には「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」を公表、「文化芸術活動に関する法律相談窓口」が設けられた。対策は確実に進んでいる。
とはいえ、問題が解消されたわけではない。
筆者もメンバーの一人であった、美術家や映画監督らの団体「表現の現場調査団」(以下、調査団)は、表現の現場のジェンダーバランス調査や聞き取り調査を通じて、抑圧を引き起こす構造を可視化した。「優れた作品」「偉大な作家」といった評価が、どのように、誰によって決められてきたのかを明らかにしたのだ。
ここでは、2022年に調査団が公表した調査結果(ジェンダーバランス白書2022)を紹介したい。2011年から2020年までの10年間の美術、演劇、映画、文芸、音楽、デザイン、建築、写真、漫画の9分野における賞やコンペの審査員と受賞者のジェンダー比を調べたところ、審査員の77.1%、受賞者の65.8%を男性が占めていることがわかった。

2011~2020年の10年間、9分野の賞における審査員と大賞受賞者の男性が占める割合(「ジェンダーバランス白書2022」より)
審査員、大賞受賞者ともに10年間、男性が100%の賞があることも判明した。著名な評論家の名前を冠した賞である。フィクション以外を対象にしていて、評論家がしばしば受賞している。
評論家という職業は伝統的に男性が担ってきたのだから仕方がないという声もあるかもしれない。評論家のほかに、映画監督、演出家、指揮者なども男性比率が高く、「伝統的に男性の就く責任ある仕事」と認識され、女性の活躍は紅一点などと特例扱いされやすい。
だからこそ、審査員の男性平均77.1%という結果は、表現の諸分野における活躍のお墨付きや、権威が与えられる場の評価基準の信頼に関わると認識することが重要だ。賞によって、その分野の「優れた作品」「偉大な作家」の評価は確かなものになる。男性が思い浮かぶ仕事であっても、実のところ選考や発表機会などに関わる男性中心の偏りが活躍できる者の偏りを生み、それが「伝統」と見なされているに過ぎないのではないか。
審査員の男性77.1%というジェンダーバランスの不均衡を、同質性の高さとして捉え直したい。同質性が高く、偏りがあるということは、排除が存在するということだ。そのような性差別的な場での決定や判断には、様々な弊害が生じる可能性がある。同質性の⾼さゆえに、異論が出にくくなること、バイアスがかかった評価基準が疑われず、偏った判断が「正常」とされること、多様性を欠くがゆえに排他性がいっそう深刻になることなども想定される。
ハラスメントが起こる場と権力勾配との関係は密接だ。調査団の調査では、審査員の交代が極めて少なく、10年以上同じ審査員が審査を担当し、⻑ければ30年以上同じ人物が審査員を務める賞があることもわかった。価値判断が一部の者の手に委ねられれば、権力勾配が固定化され、本来、定期的に点検されるべき評価基準の絶対化を招いてしまう。
ジェンダーバランス調査の結果の総評において、政治学を専門とする上智大学教授の三浦まりさんは「男⼥⽐を可視化することは、男性優位のジェンダー秩序がどのように維持されているかを理解するための最初のステップ」と述べた。不均衡を数値化することで、排除を許容する構造を見つめることができる。

記者会見する「表現の現場調査団」。この日は、美術や音楽、映画などの創作現場でハラスメント被害に遭った人たちへの聞き取り調査の結果を公表した=2026年6月4日、東京都内
▼文化芸術分野に特有の「空気」
文化芸術分野でハラスメントが繰り返される構造は、評価や教育に関するジェンダー不平等とともに、劣悪な労働環境によっても強化されている。文化庁による「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」策定のために開催された検討会議では、文化芸術分野には契約書を交わす文化が根付いておらず、そればかりか、交渉・協議そのものができない「分野特有の空気」があると指摘された。
この分野では、兼業によって活動する者が少なくない。アルバイトで生活を成り立たせることや、会社員や大学教員として働きながら芸術活動を行う兼業作家が多くいる。美術館に作品が収蔵され、複数の賞を受賞し、高い評価を受ける美術家であっても、本業はほかにあるという事例はけっしてめずらしいことではない。このような状況が、正当な報酬を求めるための交渉や協議を行うことを困難にする。
とくに美術家は、ほとんどがフリーランスとして活動するが、兼業が自明となっているため、「商売」「報酬」「労働」などの概念が根付いておらず、そもそもの労働者としての自覚や、労働環境の改善や権利向上を求める意識が希薄だ。フリーランスの美術家の労災特別加入の実現は2024年。2021年から労災特別加入の対象となった芸能従事者やアニメーターなど、近接する表現分野のプレイヤーの特別加入にくらべて大きく遅れた。それだけこの分野に専業者が少なく、業界団体の働きかけが乏しかったことがうかがえる。
「好きなことをしているのだから、報酬がなくとも自分の責任だ」「ハラスメントに遭っても、怪我をしても、あなたが好きで選んだ道なのだから、文句を言ったり抗議をしたりしてはいけない」。こうした自己責任論が、ハラスメントが起こる環境を改善しようとすることを阻み、契約、交渉、協議ができない分野特有の抑圧的な空気を醸成してきたと言えるだろう。

神谷絢栄「風の噂」(2023年)
▼二次被害を生む構造を作品に
2026年3月に刊行された岩波ブックレット『アートとハラスメント―なぜ起こる?どう起こる?』には、複数のハラスメント事例が紹介されている。推薦や評価に関わる決定権を持つ美術関係者と、推薦や評価を受ける側の立場の非対称性や権力勾配を前提とする搾取とともに、二次加害も深刻だ。
自身の性被害を公表し、作品制作に取り組む現代美術家がいる。神谷絢栄(かみや・あやえ)さんは美術大学に入学する直前に、美術業界で活動する年長の男性から、展示の参考になりそうな資料があるからと言われ男性の自宅に同行し、性暴力の被害に遭った。
神谷さんはその日の夜、警察に被害を訴えたが、以後、多くの二次被害を経験することになる。親身になってくれた警察官には「次からは気をつけて」と言われた。神谷さんを非難し離れていく友人もいた。加害者は嫌疑不十分で不起訴となったが、学業や作品制作に専念するため、民事訴訟は起こさなかった。しかし、あるとき足を運んだ美術館で、加害者の姿を見てしまい、美術館やギャラリーに行けなくなる。不眠に悩まされ、日常生活が困難になっていく。被害から3年後、神谷さんはPTSDの治療を受けることを決意する。
神谷さんが東京芸術大学大学院の修了制作として発表したのは《風の噂》という作品だ。エアー抽選器の仕組みを活用し、舞い上がる色とりどりのくじに手を入れてくじ引きをする。くじの中には、ネットコメントなどで実際に被害者に投げつけられた様々な言葉が書かれている。PTSDの治療を終えた神谷さんは、自身の経験に向き合い、「性暴力被害者に対する社会の空気感」を主題として作品制作を行っている。性暴力とともに、二次加害の深刻さを訴え、被害が抑圧される社会構造に光を当てる。
本作は2023年、新進作家の登竜門となるアートコンペ「TOKYO MIDTOWN AWARD」に入選し、準グランプリとオーディエンス賞を受賞した。美術作品としての完成度の高さが専門家に評価されるとともに、会場の東京ミッドタウンを訪れた人々がもっとも心を動かされたと投票し、受賞に至った。
こうした観客の反応を引き出すこともまた、状況を変える確実な一手となるだろう。アートを介して、ハラスメントや二次加害がどのように起こるのかを見つめ直す機会をつくる活動を、神谷さんは続けている。

神谷絢栄「風の噂」(2023年)
▼地域固有の問題を見つめる
文化芸術分野では、発表や評価の機会が東京などの大都市に集中する傾向がある。他方で、地域固有の課題は多くある。鹿児島県で、現代美術を見る機会を増やすことや、同時代の表現が生まれるアートシーンをつくることに取り組む女性たちのグループ「かわるあいだの美術実行委員会」は、展覧会の実施とともに、鹿児島市内のミニシアターなどと協力し、ハラスメントや報酬に関するトークイベントの開催を行っている。