【シリーズ#声の軌跡-メディア組織と性暴力・対談前編】被害者の声から出発したい 相次いだ人権侵害事案の衝撃

小学館とNHKというメディア業界を代表する組織が、性暴力に絡む事案で対応を誤り、被害者を傷つける結果になっていたことが判明した。2026年8月、相次いで調査結果を公表したが、どう読み解けばいいのか。「性暴力を考えつづける」代表の池田鮎美さんと、サイト「プラネチカ」編集担当の一人、山本恵子さんが対談した。
プラネチカ編集部 2026.09.24
誰でも
対談する池田鮎美さん(左)と山本恵子さん=2026年8月29日、東京都内

対談する池田鮎美さん(左)と山本恵子さん=2026年8月29日、東京都内

 ▼いつまで繰り返されるのだろう

 ━━小学館の配信サービス「マンガワン」の問題は2026年2月に発覚しました。元高校教師でもある漫画家が、元教え子に性加害を繰り返し、2020年に児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で罰金刑を受けていた。マンガワンで連載中の漫画は打ち切りになりましたが、小学館はこの漫画家を別のペンネームで原作者として起用し、担当編集者は漫画家と被害女性との示談交渉にも関与していました。問題が表面化したのは、被害女性が起こした民事訴訟の判決が出たからです。2026年3月に第三者委員会が発足し、報告書は8月3日に小学館のホームページにアップされ、8月4日には再発防止策が出ました。さらに8月5日、今度はNHKが突如記者会見を開き、職員が番組出演者から性被害に遭っていたことを公表し、調査検討委員会が1年かけて調べた結果を明らかにしました。

 今日はこの二つの事案について対談していただきます。池田鮎美さんは元フリーライターで、小学館の週刊誌の記者として働いていた2012年に取材対象者から性暴力を受けました。今は別の業界で監査の仕事をしながら、ガバナンス(組織統治)について学んでいます。山本恵子さんは2024年8月末までNHKに勤務、ジェンダー・男女共同参画担当の解説委員を務めたほか、管理職の経験もあります。まずこうした発表が相次いだことについて、どんな思いを抱きましたか。

 池田鮎美)重大な人権侵害事案で、ショックでした。どちらもジャーナリズムを担っている組織ですから、なぜ小学館は記者会見しないのか、なぜNHKは調査委の報告書を公表しないのかということは、問われるべきだと思います。

 山本恵子)小学館の第三者委の報告書が出た翌々日に、NHKが記者会見をしたことに衝撃を受けました。私も管理職としてハラスメントの相談を受けた経験もあったので、何が起きたのか知りたいと思った。財務事務次官による女性記者へのセクシュアルハラスメント、旧ジャニーズ事務所やフジテレビの性暴力を巡る問題などが続き、いつまで繰り返されるのだろうと暗澹たる気持ちになりました。

 ━━国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連で採択されたのが2011年。日本は2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画」を発表、2025年に改定しました。これらを踏まえてどうでしょうか。

 池田)「ビジネスと人権に関する指導原則」は国家の義務、企業の責任、救済へのアクセスが3本柱で、特に企業には自社の従業員だけでなく、サプライチェーン(供給網)の労働者や地域住民、消費者の人権を尊重し、負の影響を防止・軽減することを求めています。これを受けたメディア組織の動きは他業界に比べて遅く、内容も不十分だと思っていたとき、旧ジャニーズ事務所やフジテレビの問題が発覚しました。でも、それらがあったからこそ小学館やNHKも調査をして、今後のことを決められた。むしろこれからが正念場で、再発防止策に実効性があるか、一過性で終わっていないかなど、私たち市民が見ていかなくてはならないのだと思います。

山本恵子さん

山本恵子さん

 ▼人権侵害への意識と感度

 ━━小学館の第三者委の報告書について、山本さんはどう読みましたか?

 山本)報告書は三つの事案を扱っています。マンガワン編集部が、漫画家が性加害をしていることを認識しながら別のペンネームで原作者として起用していた「マンガワン第1事案」、別の漫画家を巡る類似の「マンガワン第2事案」、「週刊ポスト」の編集者が取引先の複数の女性に性的関係を求めていた「週刊ポスト事案」です。特にマンガワン第1事案と週刊ポスト事案が深刻で、第1事案について報告書は「被害女性への更なる人権侵害を助長し、またはこれに加担する対応であったと評価されてもやむを得ない」と述べています。

 2025年に第三者委の報告書が出されたフジテレビ問題(有名タレントによる女性社員への性暴力)と共通点があると思います。一つは同質性の高い集団が陥りやすい「集団浅慮」。小学館は編集権を重んじ、作家や漫画家の味方になるという文化や風土を共有していて、だからこそ判断を誤ることがある。マンガワン第1事案は、外部の被害女性が裁判を起こしていなかったら表に出なかった可能性が高いと思います。もう一つは報告書が「人権侵害問題に対する意識及び感度」が十分浸透していないと指摘していますが、まさにそれです。これだけひどい性加害をしている漫画家にまた仕事を依頼するとか、編集者が示談交渉に関与するとか、あり得ない行為です。最初に事案を知った人がどう感じ、どう動くかという初動が大事なのに、正常化バイアスが働き、内輪で処理しようとしてしまう。被害者を守るための意識と感度が重要だと思います。

 ━━週刊ポスト事案についてはどうですか?

 山本)編集者がグラビアの出演を希望する女性に胸を見せるように言うなど、性的行為を求めるセクハラで、編集者と外部のフリーランスの権力勾配を利用していて悪質です。第三者委も「取引上の優越的な地位を利用した直接的な人権侵害行為」と断じました。フリーランスで働く人は、編集者から次に仕事がもらえるかどうかが生命線で、それを握っている編集者には逆らえないという構造があります。

池田鮎美さん

池田鮎美さん

 ▼ホットラインへの通報44件の重要性

 ━━池田さんは報告書をどう読みましたか?

 池田)私が小学館で働いていた14年前には契約書はなく、フリーランスの声を受け止める体制もありませんでした。出版社やテレビ局のコンテンツは大勢のフリーランスに支えられているのに、その構造を第三者委はきちんと捉えていないように思えます。人権意識が不足している理由は何かという分析ができていないことや、出版業界全体に話を広げられていないことも残念に思いました。フジテレビの第三者委がメディア・エンターテインメント業界に話を広げていたのと対照的です。

 さらにもう一つ。小学館の第三者委の専用ホットラインには44件の通報がありました。社内向けホットラインに15件、社外向けホットラインに29件です。しかし第三者委はこれらに正面から向き合っていません。私も小学館の第三者委に通報していて、44件のうちの1件は私です。この44件の通報はとても重要だったと思うのに、なぜ詳細に分析しなかったのか、あまりにも残念です。

 ━━マンガワン第1事案についてです。漫画家の担当編集者を報告書に合わせてG氏と呼びますが、G氏がこの漫画家を担当するようになったのは2018年からで、その時はフリーランスでした。小学館の従業員として採用されるのは2023年です。

 山本)G氏の雇用は当時不安定で、弱い立場だったということですね。

 池田)私はかつて小学館で仕事をしていたフリーライターで、週刊誌から依頼された仕事で、取材相手から性被害に遭いました。男は強姦容疑で逮捕されましたが、当時の刑法の不備もあり不起訴になった。すると小学館側の人たちの態度が一変し、切り捨てられた。そんな私の目には、G氏は切り捨てられないよう上手に動いていたように映ります。

対談する池田鮎美さん(左)と山本恵子さん=2026年8月29日、東京都内

対談する池田鮎美さん(左)と山本恵子さん=2026年8月29日、東京都内

 ▼フリーランスを含めた体制の構築を

 山本)報告書には、G氏が当時フリーランスだったという脆弱性に着目した分析はないですね。「編集者と取引先との間では対等な交渉等は行われにくく、むしろ権力の不均衡が構造的に生じやすい」と記されてはいますが、これは主に週刊ポスト事案を意識しての記述だと思われます。

 池田)企業がサービスや物を売って利益を得るのであれば、そのプロセスで生じるリスクは負わなければいけないはずです。でも実際は、フリーランスを使うことによって、その部分のリスクは負わなくていい、そこでつまずきや人権侵害があっても企業は責任を取らなくてもいいという仕組みになっています。

 私の場合、加害者の男が逮捕され、当初は小学館側の人たちもサポートしてくれましたが、男が不起訴になった途端「きみが悪い」と言われた。私は10代の頃にも性被害に遭っているのですが「それを隠して働いていたのだから、今回の被害はきみ自身のせいだ」と。10代の被害を言わなかったことを責められたので、隠して生活することができなくなった。「被害を隠していると信用されない」という恐怖を感じたんです。それで被害の事実を周囲に話すと、編集者たちから「これ以上、被害について言うと干されるよ」と告げられ、実際に仕事の依頼がなくなりました。

 山本)ひどいですね。本当につらかったと思います。人権に関わる問題が起きたときにどうするかという体制を、フリーランスも含めて構築しなければならない。それこそがガバナンスです。正社員だけを対象にしていては、人権侵害を食い止めることはできません。池田さんの話を聞いて、そのことがよく分かりました。

池田鮎美さん

池田鮎美さん

 ▼被害者のキャリアや人生が犠牲になっている

 ━━被害者に対する組織の加害性についてはどう思われますか。

 池田)組織の一人一人に「被害者を救済しなければならない」という意識が不十分で、それぞれ良い人に見えても、組織としては被害者をはじき出している。そういう場で本や雑誌、番組を作り続けていること自体が被害者を傷つけます。それを何も知らずに消費していいのかという問題もある。児童労働による製品の不買運動が世界的に起きましたが、それに近い話に思えます。被害者のキャリアや人生が犠牲になっているという視点が必要です。

 山本)小学館とNHKの再発防止策に「人権デューディリジェンス(DD)」の実施が入っています。人権DDとは企業が自社や取引先における人権侵害リスクを特定・防止・軽減し、その対応を継続的に評価・開示するプロセスのことで、国際的には法制化の動きもあると聞きます。日本でも人権に配慮しない企業は国内だけでなく、国際取引から排除される可能性があることは、フジテレビ問題でフジ・メディア・ホールディングスの大株主である外資ファンドが影響力を持ったことや、スポンサー企業が次々にCMを差し止めたことからも分かります。性暴力を重大な人権侵害行為だと認識できるか、その上で人権DDがきちんと実施されるかが鍵ですね。

 ━━報告書を被害者の視点から見るとどうでしょうか。

 山本)加害者の漫画家が別の名前で活動し始めたことを知ったとき、被害者がどう思ったか、週刊ポストの被害者はどう感じたか、そういった具体的なことはあまり書かれていませんね。

 池田)自分を加害した漫画家やタレントが活躍していると、なぜ被害者が傷つくのかといえば、自分は何の被害回復もされていないのに、加害者が社会やメディアに受け入れられているのを目の当たりにするからです。

 山本)加害者の擁護は、被害の軽視でもあります。意識と感度を上げていかないと、私たちは誰でも、二次加害者側に回るかもしれないのです。だからこそ、被害者の声から出発することが必要です。

 池田)私も被害者の声から出発すること、そして被害者の視線で評価することが、何より重要だと思います。(後編へ続く)

山本恵子さん

山本恵子さん

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